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【ネタバレあり】『スリー・キングス』感想:─強盗劇の皮を被った反戦映画─

以前、『世界にひとつのプレイブック』評をしましたところ、「デヴィット・O・ラッセルなかなか面白いな」と思いまして。

「○○縛り」みたいな映画の見方をする人っているじゃないですか。あれって実は映画の理解を深めることにかなり有効な見方だと思うんですよ。

例えばジャンルを縛れば、ジャンルの共通点やセオリーが見えてくるし、監督を縛ればその監督の作家性が見えてきたりするんですな。

で、我が家にラッセル作品はどれくらいあるんだろうと探ってみたところ、そこそこ所有していましたので、ゆる~くラッセル縛りでデヴィット・O・ラッセルの作家性を探る旅に出たいと思います。

本当はモンキーさんにオススメしていただいた『タイピスト!』評とかも書いたり、

ワンス・アポン・ア・タイム・ハリウッド』の公開を控えてますので、タランティーノ縛りもやったりしたいんですが、映画は寄り道。途中下車の旅。感情の赴くままに吸収していこうと思います。

ただゆる~くですのであしからず。途中に新作もレビューしたいし、ふらっとタランティーノ縛りと同時進行したりするかもしれません。

もはや縛りじゃないじゃんね。

では『スリー・キングス』の感想・評価・解説いってみましょ。

この記事は『スリー・キングス』のネタバレをしています。あらかじめご了承ください。

湾岸戦争を体験する

あらすじ

舞台は、湾岸戦争休戦協定成立直後のイラクアメリカ軍兵のゲイツ、バーロー、エルジン、ビグは捕虜から得た謎の地図をフセインの隠した金塊の在り処だという事を解読する。彼らは軍の指揮下を離れ、無断でそれを強奪することを計画し、実行する。だが、同時にイラクの現状とアメリカの行った行為を知る。

wikiより

本作について「異色の戦争映画。」なんて見出しをたまにみかけるが、それは本作が戦争という状況下で行われる《強盗劇》であるからで、登場人物たちは戦争をしていない。これが異色の正体。

ただし、《強盗劇》を通して語られるテーマが湾岸戦争における《アメリカかの押しつけの正義》についてなので反戦映画といえば反戦映画なのだろう。

ファーストシーンで敵兵を射撃するトロイ・バーロー(マーク・ウォールバーグ)は、屈強の戦士というより右も左もわからない新兵のように見える。

さらに色味を抑えた背景の中で唯一目立つのはトロイのヘルメットにつけられた黄色いワッペン。このワッペンには赤ん坊の顔が写されており、トロイが父親になりたてだということが否が応でもわかるようになっている。

このファーストシーンによって示されるのは、物語の話者であるトロイ・バーローは軍人というより観客により近い存在だということ。

さらに真昼間から暗視ゴーグルを装着しまじめに見張りも出来ない兵士や、ジープからクレー射撃の真似ごとをしたりと、彼らにとって戦争は《ゲーム感覚》でしかない。

要はトロイ達は湾岸戦争を知らないのだ。

つまりトロイ達の経験を通じて観客は湾岸戦争──、もっと言えばアメリカがイラン・イラクに及ぼした影響をトロイ達と共に体験することになる。

特に主役3人(ジョージ・クルーニー、マーク・ウォールバーグ、アイス・キューブ)の中ではマール・ウォールバーグ演じるトロイ・バーローがもっとも家庭的な人物であるため共感を与えやすく、故に拉致という最も危険な状況に見舞われ、湾岸戦争のディープな部分を目の当たりにするのだ。

拉致される直前、トロイは反フセイン派の国民を非情にも見捨てようとしたが、救出された後では心情が180度変わり、どうにか難民を救おうとする。

誰もが共感するであろう一攫千金という物語の推進力のなかで、ラッセル監督は湾岸戦争における《アメリカの押しつけの正義》によって及ぼした影響を批判し、トロイ達はそれに気づいていく(=観客が気づく)。というのがこの映画のメッセージだ。

湾岸戦争が及ぼした影響の背景を簡単にまとめると、

アメリカ(ジョージ・HW・ブッシュ)は打倒フセインを掲げ、反フセイン派のイラク国民を鼓舞し、立ち上がらせた途端、イラクから撤退してしまったのだ。結果的に反フセイン派をあぶりだせたフセインは彼らを虐殺。その状況をアメリカ軍は黙って観ていることしかできなかった。

演出の実験

とまぁ強盗劇の皮を被った湾岸戦争の批判映画な訳だけれど、そもそも映画としてかなり実験的なことをやってもいるんですよ。

とにかく顕著なのはある銃撃シーンなんだけど、VFXを使わずに銃弾をカメラでフォローするという演出を試みてみたりしている。

銃口から銃弾が飛び出すと、カメラは銃弾をフォローするようにパン(横移動)。そして被弾した箇所にすぐさまズームイン!VFXを駆使しスローモーションを用いて銃弾を追いかけるようなシーンは山ほどあるが、カメラワークだけで銃弾を意識させる演出はなかなかない。(僕はこれ以外みたことないです)

当然ながら実際の銃弾はカメラでフォローできるほど遅くないので、普通の銃撃シーンと比べると展開は遅いが、《銃弾をフォローする=画面の主役は銃弾》ということになり、銃弾1発の重みが圧倒的に重く感じられるのだ

続くジョージ・クルーニーアイス・キューブを煽りで捉えたショットにも工夫がなされていて、被写体であるクルーニーアイス・キューブはほぼ動かないが、背景の雲はめまぐるしいスピードで流れていく。被写体の人間は普段の速度で写され、背景の雲は数倍ものスピードで流すことでシュールな映像を作り出し、銃撃戦があっという間に過ぎたことを示した演出する。銃撃戦の後の独特な雰囲気を表現しているのだ。

他にも拷問のシーンで、見えない電気をカメラでフォローしてみたり、内臓を視覚化してみたりといたるところで実験的なことをやっているし、監督本人さえも「いろんな実験ができた」と言っている。

本物の反乱軍

さらに面白いのが、本作に登場している難民=エキストラの何人かは、実際に湾岸戦争を経験した反フセイン派だったという点だ。

湾岸戦争は1991年、『スリー・キングス』の公開は1999年なので、経験者が大勢映画に出演していても変ではないすな。

本作で理髪店を営む兄弟は湾岸戦争で家族を失っているし、車を売ってくれる反乱軍の兵士は実際の湾岸戦争でも反乱軍として従軍し、片目の視力を失っているそうです。

しかしデヴィット・O・ラッセルという男は、そんな人々に対しても映画のためなら暴言を吐く。

スケジュールの遅れによりかなりカリカリしていたらしいけど、止めに入ったジョージ・クルーニーにまで牙をむき、そのことがきっかけでジョージ・クルーニーは二度とラッセル監督と仕事はしないと発言したとかしてないとか。

そのジョージ・クルーニーも『ER緊急救命室』で固定されてしまったイメージに嫌気をさしていて、何とか固定されたイメージを払いのけたいともがいていた中、本作の役を快諾したのだった。

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