お疲れ様です!オレンチです!
『ワンス・アポン・タイム・イン・ハリウッド』公開直前!遅すぎたタランティーノ特集開始します!
オレンチ
今回はクエンティン・タランティーノ監督の初監督作品『レザボア・ドッグス』でございます。
それでは早速、感想・解説行っています~。
何が革新的だったのか
『レザボア・ドッグス』は革新的でした。何が革新的だったかと言えば、物語の進行が直線的ではないことがひとつ挙げられるでしょう。
マドンナの「ライク・ア・バージン」について下品な解釈を披露したり、チップを支払うことに対して持論を展開してみたりと本編と関係のない会話が10分も繰り広げられ、「リトルグリーンバック」をバックに有名なタイトルコール。
場面はいきなり血を大量に流すオレンジが映し出され、その後登場人物たちの過去がフラッシュバックで挿入されていく─。
このように『レザボア・ドッグス』は強盗映画ですが、物語のほとんどが強盗後の出来事で、フラッシュバックによって徐々に繋がって行く、強盗への経緯と彼ら関係が観客をひきつける仕組みとなっています。
しかし非直線的な展開の中で唯一直線的に進むことがあります。
それは、ミスターオレンジの災難です。
映画の上映時間がそのままオレンジが撃たれて死ぬまでの時間とリンクしているのです。
非直線的な演出をしようとも時間は直線的なもの。
フラッシュバックという非直線的な魅力の中に、死へ向かうという直線的な演出を両立させるあたりさすがタランティーノと言えるのではないでしょうか。
なので倉庫のシーンになる度に「まだ生きているけど、このままほっておけば死ぬ」という言葉が何度も説明されているのでしょう。
薄い人物描写の意味
『レザボア・ドッグス』より以前のギャング映画にはただ殺しあうだけでなく、その人物を深く掘り下げるというセオリーがありました。
しかし本作の場合、全くと言っていいほど登場人物たちの過去を掘り下げていません。これを「人物描写が薄い」と指摘した批評家もいますが、これにはしっかりとワケがあります。
なぜ登場人物たちが色をモチーフにしたコードネームで呼び合うのかを考えれば理由は明白です。
彼らは寄せ集めの強盗団でお互いの過去をよく知らないからです。「裏切り者は誰だ」というサスペンスにも生きてきますし、作品全体のアンダーグラウンドなトーンにも繋がってきます。
しかし物語というものは、登場人物に興味を持つことによって引き込まれます。興味を持つためには、キャラクターに生命を感じることが必要不可欠です。
そこでタランティーノがキャラクター達に命を吹き込んだ方法が、物語の随所にちりばめられた《ポップカルチャーに関する意味のなさそうな会話》です。
会話の内容はもちろん物語と直接関係ないですが、重要なのはポップカルチャーについて話し合っているということです。
会話の聞いても彼ら個人の過去を知ることはできませんが、内容がポップカルチャーであることによって、彼らがその時代に生きていたことを感じることできるのです。
さらにはポップカルチャーに対する想いがそれぞれ違うことで、それぞれの《個性》が表れてきます。
タランティーノ特有の《意味のなさそうな会話》には大きな意味が込められていたんですね。
映画についての演出
タランティーノ作品には《映画について》の演出がされていたりもします。
本作の場合、ミスターオレンジがギャング団に潜入するため、ジョーク話を頭に叩き込んでいくシークエンスがそれですね。
台本を受け取りひたすら練習を続け、ギャング達の前で覚えた話を披露していると、シーンは話の中に飛び込みます。
台本があるので、ミスターオレンジが実際に体験したことではないですが、まるでオレンジが実際に体験したかのようなシーンになっています。
これは、役者が与えられた役を演じていくうちに本物になりきってしまうことを揶揄しているんだと思います。
さらに役者(潜入捜査)が観客達(ギャング達)を演技でだます。という表現の韻を踏んでもいますね。