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映画の見方|シリーズ作品における作劇上のジレンマと三作目の法則

オレンチ

はじめまして!オレンチと申します。

今回は映画のシリーズ作品における《作劇上のジレンマ》と《三作目の法則》についてお話していこうと思います。

ちなみに《作劇上のジレンマ》については三宅隆太監督のポットキャスト『スクリプトドクターのサクゲキRADIO』から学びを得ています。

以前から僕が感じていた《三作目の法則》と、三宅隆太監督から得た《作劇上のジレンマ》に繋がりを感じたので今回同時に紹介させていただいています。

三宅隆太監督の《作劇上のジレンマ》が気になる方はSpotifyよりご視聴ください。

オレンチ

『スクリプトドクターのサクゲキRADIO』めちゃくちゃ勉強になるのでぜひ!

なお今回解説する《作劇上のジレンマ》と《三作目の法則》は、三部作として構成されている映画には発生しません。続編シリーズ作品にのみ発生します。

三部作と続編シリーズの違いについては「映画の見方|三部作と続編シリーズの違い」を参考にしてください。

映画の見方|三部作と続編シリーズの違い

シリーズ作品における《作劇上のジレンマ》

映画界ではある作品がヒットを記録すると、必ずと言っていいほど続編が制作されます。とりわけハリウッドなどの商業主義な現場ではその傾向は顕著ですよね。

魅力あふれる主人公の活躍をもう一度目にすることができたり、心躍る異世界をもう一度体感できることはとても嬉しいことですし、僕も続編映画は大好きです。

そんな続編映画と呼ばれる二作目、三作目の映画には《作劇上のジレンマ》という主に脚本家を悩ませるジレンマが発生してしまうことが多々あるようです。

とりわけジャンル映画には顕著に現れ、主人公が前作から続投している場合、ほぼ確実に《作劇上のジレンマ》が発生します。

例えば以下のような作品たちは間違いなく脚本家を悩ませたことでしょう。

  • ダイ・ハード
  • エイリアン
  • ジュラシック・パーク
  • 96時間

これらの作品には「何かの事件・事故に巻き込まれてしまい、主人公たちの必死の努力によって事件・事故を解決する」と言ったことが共通しているかと思います。

例えば『ジュラシック・パーク』は現代に蘇らせた恐竜をテーマにしたテーマパークで事故が発生し、スタッフたちを恐怖のどん底に突き落とすというお話しです。

『エイリアン』は貨物宇宙船のクルー、リプリーが未知の生物エイリアン(ゼノモーフ)と遭遇し、一人また一人とクルーが犠牲になる中、なんとかゼノモーフを撃退するというお話しです。

どちらも映画史に名を残すほどのヒットを記録した名作で、その後たくさんの続編が作られています。

さらに上記の二作では主人公、もしくは登場人物が前作から引き続き出演していますよね。冷静に考えたら、文字通り死ぬほど怖い思いをした人物が、もういちど同じ危険に飛び込もうとは思いませんよね。

しかし続編である以上、観客はまた同じような「事件・事故」を求めており、登場人物をその渦中に放り込む必要があります。

これが《作劇上のジレンマ》です。

そのため主人公をもう一度同じ危険に放り込む堅牢なエピソードが必要になり、ここがおざなりになっていると主人公がマヌケに見えたり、ご都合主義を感じてしまったりします。

『96時間』シリーズは元CIAのブライアン・ミルズが、危険に晒されてしまった家族を救い出す。という傑作アクションシリーズですが、何度も家族を危険に晒されてしまうこと自体がマヌケでは?と揶揄されていたりもします。

『ダイ・ハード』と『ダイ・ハード2』には「夫が囚われのみになった妻を救う」という共通した構造がありますが、《作劇上のジレンマ》を逆手にとり「何で私たちだけクリスマスの夜にこんな目にあうの?」と自虐ネタのように活かしていました。

ちなみにこのような《作劇上のジレンマ》が発生するのは、物語の主人公が受動的に「事件・事故に巻き込まれてしまう」タイプのジャンル映画で発生します。

物語の主人公が能動的に「事件・事故に飛び込んでいく」タイプのジャンル映画では発生することは少ないです。

例えば探偵もののように、事件・事故を解決することを生業にしている主人公の場合、渦中に引き摺り込む工夫は必要ないですよね。

『死霊館』シリーズは心霊現象を研究し解決する夫婦が主人公なので、自ら渦中に飛び込んでも違和感はありません。

このようにある種類のジャンル映画には必ず《作劇上のジレンマ》が発生します。そんなジレンマを乗り越えるため、ある種類のジャンル映画の三作目には《三作目の法則》とも呼ぶべき法則が生まれています。

というわけで次の章から《三作目の法則》についてお話ししていこうと思います。

シリーズ作品における《三作目の法則》

ヒットした映画は《作劇上のジレンマ》とは関係なしに二作目、三作目とどんどん制作されます。

しかし何度も何度も主人公を同じような事件・事故に巻き込ませるのは無理がありますよね。

オレンチ

故に『96時間』シリーズは揶揄されてしまうのですが・・・。

そこで二作目までは前作の主人公をもう一度同じような事件・事故に引き摺り込むのに対し、三作目では事件・事故のジャンルだけ継承し、主人公を全く新しい人物にすげかえる作劇が非常に多く見られます。

これが《三作目の法則》です。

ジャンル映画はあくまでもそのジャンルだという点に観客を引き寄せる強力なパワーをもっているので、基本的にはジャンルを変更するのは許されません。なので主人公の続投とジャンルの維持を天秤にかけた結果、ジャンルが選ばれることが非常に多いのだと思います。

オレンチ

つまりほとんどの場合で、同じ主人公を同じ渦中に引き摺り込むのは、二度目くらいまでが限界ということですね。

例えば『ファイナル・デスティネーション』シリーズ。

このシリーズは一作目から二作目にかけて主人公を継承した上で、同ジャンルの映画を作っていますが、三作目ではジャンルだけを継承し、登場人物は一新されています。

『ヘルレイザー』も同様に一作目から二作目にかけて主人公を継承した上で、同ジャンルの映画を作っていますが、三作目ではジャンルだけを継承し、登場人物は一新されていました。

上記二作を見てもらうとお気づきかもしれませんが、《三作目の法則》というのはスラッシャーやスプラッターというサブジャンルを持ったホラー映画により顕著に現れます。

スラッシャーやスプラッター映画が続編が作られやすいという理由もありますが、この手のジャンル映画の発端が「何らかの条件が揃ってしまった結果、巻き込まれてしまった」という作劇になっていることが強く関係していると思います。

つまり事件に巻き込まれるフラグを立ててしまったということになります。

死ぬほど怖い思いをしたのにも関わらず、そうやすやすと何度も同じフラグは踏みませんよね。

そのためスラッシャーやスプラッター映画には《三作目の法則》がより顕著に現れると言えると思います。

ジャンルを変えることでシリーズを継続した作品

ここまで登場人物を一新することで、シリーズを継続したシリーズ映画について解説してきましたが、ジャンルを変えることで主人公を維持した作品も中にはあります。

代表的なところで言うと、『ピッチブラック』における『リディック』ですね。

『ピッチブラック』は皆既日食とともに現れるエイリアンとの死闘を描いた『エイリアン』のDNAを持ったSFモンスターパニック映画だったのに対し、『リディック』では叙事詩的なスペースオペラのような作品に仕上がっていました。

主人公を継承した三作目のジャンル映画はその工夫が見所!

もちろん主人公もジャンルも継承した三作目、四作目という作品もたくさんあります。

そんな作品では、そもそもどのようにして前作と同じリングの上に立たせるのかという点が大きな見所の一つになります。

オレンチ

ただ先述とおり、刑事や探偵などテーマになっている事件や事故の解決を生業にしている主人公の場合、そこにいること自体が当たり前だと言えるのでそう言った作品はさして見所になり得ません。

一つ例に挙げると『新・猿の惑星』は脚本家の並々ならぬ努力を感じる一本です。どのような作劇になっているかは一作目、二作目と順に鑑賞しお確かめいただきたいと思います。

まとめ

というわけで《シリーズ作品における作劇上のジレンマと三作目の法則》についてお話ししてきました。

この記事があなたの映画鑑賞を少しでも豊かに出来たら幸いです。最後までありがとうございました。

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