『シャンチー』は"あの"成功で生まれた!?詳しくはココをタップ!

【解説】『ザ・ライダー』|ネタバレ感想・伏線・考察など|復帰しようとする全てのスポーツマンへ

オレンチ

はじめまして!オレンチと申します!

今回は『ザ・ライダー』について書いていこうと思います。

早速ですが、以下目次からどうぞ!

『ザ・ライダー』のネタバレ感想・解説・考察

怪我から復帰しようとする全てのスポーツマンへ

MCU最新作『エターナルズ』を鑑賞する準備として、同作の監督クロエ・ジャオ作品をつまみ食いしようと思って鑑賞したのが本作だったんですが、蓋を開けてみたら大大大傑作でした。ぶっちゃけオールタイムベストです。

 

物語を要約すると──、「選手生命を断たれた若者が、もう一度ロデオに挑戦したく葛藤するお話。」と言った感じになると思います。

さらに噛み砕くと「夢を諦めきれず葛藤する若者のお話。」ですね。

このテーマはラストにレインが語るセリフに集約されています。

 

ここでちょっとだけ自分語りをしますが、作品の本質上必要なことなので、少しだけお付き合いくださいね。

僕はスケートボードで足に大怪我を追った経験があり、今でもその後遺症に悩まされています。(歩行時にわずかな痛みを感じ、怪我前の様な速度で走ることができません。)

それでもスケートボードは続けたいし、スノーボードも続けたい。サーフィンだってやりたいです。

少しずつスケボー、スノボー、サーフィンに復帰してきてはいますが、まだまだ課題は山積み。今後どうやって怪我と向き合っていこうか考える毎日です。

 

そうなんです。

 

スケールは違えど、本作の主人公ブレイディ・ブラックバーンと似たような経験をしているんです。

同じような経験を経て、同じような葛藤を抱えている人は世の中にごまんといるんですよね。

本作はそんな人たちにメッセージを贈った作品であり、作劇も撮影も、そんな人たちに向けたメッセージが届くような技巧が非常に光ります。

というわけで、本作における作劇や撮影の技巧について少しずつ解説していければと思います。

 

先に本作が伝えたいメッセージをまとめておくと「諦めたくなければ諦めるな」と言うことだと思います。

ハイコンセプトとソフトストーリー

技巧について解説する前にもうひとつだけ。ハイコンセプトとソフトストーリーについて語っておきたいと思います。

また、ハイコンセプトとソフトストーリーについては三宅隆太監督の「サクゲキRADIO」が最高に参考になるので、より詳しく知りたい方はこちらを拝聴してください。

本記事も「サクゲキRADIO」から多く引用させていただいております。

ハイコンセプトとソフトストーリーとは映画の大きなジャンル分けの様なもので、ハイコンセプトは商業映画を、ソフトストーリーはいわゆる芸術映画を指しています。

 

要するにハイコンセプトは万人受けする映画で、内容がわかりやすいことというのが特徴です。どんな映画?と聞かれた時に2行くらいで説明できると言われています。(「ログライン化できる」と言い換えることができます。)

例えば90年代の傑作アクション『ダイ・ハード』は、「妻と問題を抱えたニューヨーク市警の男性が、ロサンゼルスでのテロに巻き込まれ単身でテロリストを鎮圧するお話。」と言うようになりますよね。

「ロサンゼルスにやってくる」「テロに巻き込まれる」「一人で解決する」というように、大きなアクションによってハイコンセプトの物語の進行は支えられています。

 

一方でソフトストーリーは口頭や文章では説明しづらい内容と言う点が特徴です。

本作のどんな映画?と聞かれた時、表面上の内容で回答するなら「大怪我を追ったカウボーイの日常」くらいでしょうか。

とりわけ大きなアクションが起きるわけでもありません。

しかしその深淵をのぞくと、誰かにとっては非常に深いメッセージを見いだすことができるのです。

もちろんハイコンセプトにメッセージ性が無いというわけではないですが、作劇上アクションに遮られることのないソフトストーリーの方が作品のメッセージを直に浴びれるんです。

そのため意味のわかる人もいれば分からない人もいるし、面白く感じる人もいればそうでない人もいるんですね。

これは一人ひとり人生経験が違うので当たり前のことなんです。

そう思うと映画は本当に奥が深いですね。

焚き火シーンの重要性

さて、そろそろ本題の方に話をシフトし、本作の作劇についてお話していこうと思います。

注目してほしいのが「焚き火を囲む」シーンについて。

映画における「焚き火を囲む」シーンは、重要な役割を担っている場合が多いです。

こちらも「サクゲキRADIO」からの引用になりますが、「焚き火を囲む」シーンは登場人物たちが心のうちを吐露し、登場人物たちが心を通わせ、大敵に向かって団結するためのシーンだからです。

 

これは古くから存在する技法で、異世界を描いた小説に多く見られます。

 

ちなみにですが「焚き火」と言うのは便宜上のもので、そこに焚き火が無くても成立します。

三宅隆太監督は『ジョーズ』における怪我自慢シーンが「焚き火を囲む」好例として挙げていました。

本作でも例外なく、「焚き火を囲む」シーンが非常に重要な役割を担っています。

ただし、先ほど解説したような役割とは若干異なっており、型破りな使われ方をしています。

もちろん「焚き火を囲む」シーンを理解したうえでの型破りなわけで、型を知らなければ型破りはできないと言ったところでしょうか。

 

通常「焚き火を囲む」シーンというのは、様々な葛藤を経てバラバラだった登場人物たちを一つにするためのものなので、物語の中盤以降に挿入されます。

しかし本作の場合はほとんど冒頭で「焚き火を囲む」シーンが登場しましたよね。

このシーンの役割は登場人物に吐露させること。と言う点は同じです。

ではなぜ中盤以降に挿入すべき「焚き火を囲む」シーンを、冒頭に入れ込んだのでしょうか。

それは本作がソフトストーリー的な作劇によって構成されているからなんです。

ハイコンセプト的作品は外的な葛藤に向き合い、解決していく構成です。

例えば『ジョーズ』なら「サメを倒すこと」が外的な葛藤ですし、『ダイハード』ならテロリストを「駆逐すること」「妻を救出すること」が外的な葛藤ですよね。

このような外的な葛藤を克服するために、登場人物の団結が必要となり、故にハイコンセプト敵作品は、物語の中盤以降で焚き火を囲うシーンが挿入されるんですね。

 

一方でソフトストーリー的な作品は、内的な葛藤と向き合う物語です。

例えば本作の場合、「もう一度ロデオをやりたい」というのが内的な葛藤になります。

上記の通り、外的な葛藤は目で見えるのに対し、内的な葛藤は心の問題なので目で見ることはできず、視聴者に伝えづらいんですよね。これがソフトストーリー的作品を難解映画たらしめている原因だと思います。

物語というものは葛藤によって支えられ、進められているものなので、早い段階で視聴者に「何に対する葛藤なのか」ということを知ってもらう必要があるんですね。

そこでの「焚き火」なんですよ。

映画の幕が上がると、頭を大怪我した青年が主人公だということがわかります。やがてこの青年はロデオによって怪我を負い、療養中だということがわかりますよね。

 

続いてロデオ仲間に誘われ、焚き火のシーンへと向かいます。

ここで語られる内容は、全員怪我を追った経験はあるが、ロデオをやめる選択肢が無いということです。

つまりブレイディの中にもロデオを止める選択肢が無いということを語っているんです。

要するにブレイディの人生にとって、どれほどロデオの存在が大きいものなのかを「焚き火」のシーンで証明しているんですよ。

しかし、手に現れている後遺症や親友の事故が「もう一度ロデオで怪我をしたら・・・。」という悪い予感を連想させ、本作の葛藤をより大きなものにしています。

焚き火のシーンを序盤に挿入し、ブレイディの内的葛藤を示すことで、物語をより味わい深いものにしているのでした。

レンズフレアが示す繋がり

さて、本作の撮影における技巧についても少しお話できればと思います。

とりわけ印象に残ったのはレンズフレアの使い方でした。

どのシーンかというと、ちょうど物語のミッドポイントあたり──、ブレイディが再び調教師として馬と触れ合おうとするシーンです。

ブレイディが調教中の馬の額を触れる時、ちょうど両者の真ん中あたりにレンズフレアがあり、とても印象深い神々しいシーンです。

これは二人のつながりを示したとても素晴らしいシーンでした。

かつてレンズフレアは映画製作上、邪魔なものであり避けるべき現象でした。

しかし1967年公開の『暴力脱獄』あたりからその表現力が頭角を表し、1977年の『デュエリスト/決闘者』でも強烈な印象を残しています。

近年では様々な映画に監督の表現方法として採用されていますよね。

例えば宇宙船が宇宙を航行中を映したシーンにレンズフレアを用いれば、ドキュメンタリー風な映像となりより写実的な映像となります。

これを効果的に用いたのがJ・J・エイブラムスの『スタートレック』でした。

レンズフレアについてはグスタボ・メルカード著『レンズの言語』が大変参考になるのでぜひご一読ください。

そういえば夕焼けが雲に美しいピンク色で反射する、マジックアワーの映像に既視感があるなと思ったら『ノマドランド』のポスターでした。

ひょっとしたらジョン・フォード監督におけるモニュメント・バレーのように、クロエ・ジャオ作品の刻印としてマジックアワーを利用するのかなと感じましたね。

『エターナルズ』でも同じ映像が見れるのか楽しみです。

諦めたくなければ諦めるな

さて、締めは本作から僕が感じ取ったメッセージについて。

とりわけ驚いたのは、本作のエンドロールで流れてきたキャスト紹介です。

なんと主人公ブレイディやその妹リリー、重い後遺症を負った親友レインなど、本人が演じていたんですね。

思えば、リリー役の子は障害を持った子の独特な表現(目線や発音)など演技力が高すぎるし、レインに至っては過去動画と現在入院中の人物が同一人物なことは確かなので、とんでもないメイクかCGが施されているのだと思っていました。

彼らが本人となると──、とりわけラストでレインが語る「夢を諦めるな」というメッセージは重みが圧倒的に異なります。

この不屈の精神をもったレインという男性は、自分の動画を楽しそうに眺め、手綱を握ると笑みを隠すことができません。心の底から楽しんでいるんですよね。

普通、自分が最も好きなことが二度とできないとわかった後は、皮肉ながら自分の最も好きなことから遠ざかると思います。

しかしレインは楽しそうなんです。

そう。彼はまだロデオを諦めてないんですよ。

少しでも楽しそうに笑うレインを見て、不憫と感じてしまった自分が情けないです。

彼が諦めていないのに、他に誰が諦められるというのでしょうか。

「諦めたくなければ、諦めるな。」

そんな勇気をもらった作品でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。