はじめまして!オレンチと申します。
今回は2013年に公開された北村龍平監督の『ノー・ワン・リヴズ』について僕なりに考察し、解説していければと思います。
『ノー・ワン・リヴズ』はルーク・エヴァンス主演で贈るスラッシャー映画でなのですが、他のスラッシャーとは一味も二味も違うんです!
というわけで早速ですが本題へと進んでいきましょう!
『ノー・ワン・リヴズ』のネタバレ感想・解説・考察
他とは一線を画するスラッシャームービー
命からがら脱出してきた様子の少女のシーンから始まり、親しげな男女二人が乗用車で旅をしている様子へとつながっていく本作。
この男女は旅先で、ローカルの極悪窃盗団に目をつけられ暴行を加えられたことから物語は転がし出します。
そもそも冒頭の少女のシーンと二人が旅をしているシーンは映画の開始時点では全く接点を感じることができないのですが、物語が転がるにつれて、非常に単純でなおかつ異常な動機へとつながっていくのが本作の面白いところです。
男女が暴行を加えられるところまではある意味で正常な展開なのですが、本作が異常な光を放ち出すのはまさにここから。物語上で暴行を加えられた男性の名前は明かされることなく、ドライバーと称されているのですが、このドライバーが以上なほどの戦闘スキルを持った人物だったのです。
つまり災難に会うのが旅をしている男女と思わせておきながら、本当に災難に会うのは強盗団たちの方だったという反転の構造を持っているんです。
ここで他のスラッシャームービーと一線を画する点があります。基本的にスラッシャームービーというのは、スラッシュされる側(惨殺される側)の目線に立って物語が開始され、殺人鬼側の動機は少なくとも物語の開始時点でわからないのが一般的なのですが、本作の場合、冒頭ではドライバー目線で描いているんです。
こうすると何が起きるかというと、スラッシャームービーにおける恐怖の対象となるべく殺人鬼が、アンチヒーローのような見え方がしてきます。
大切な女性を殺されたことから強盗団に復讐を決めたドライバーですが、このタイミングで作劇的には完全に強盗団たちの目線にシフトし従来通りのスラッシャーの構造が出来上がっています。
ただし冒頭の構造が従来通りのスラッシャーとは大きく異なるため、スラッシャームービーの作劇を進めていても観客が感じるのは恐怖ではなく爽快感に近くなるんです。
舐められた相手をギャフンと言わせるのは誰にとっても気持ちがいいわけで、それをドライバーがこれでもかと体現してくれているというのが本作なわけですね。
ドライバーが強盗団のリーダーへ浴びせる「だから二流の犯罪者は嫌いなんだ」というセリフがドライバーの圧倒的存在感を如実に表しているかと思います。
ドライバーが強盗団のリーダーを拷問するシーンは名言で溢れていて中でも前述した「二流の犯罪者」の件と、「娘を返すから消えてくれ」と赦しを懇願する強盗団のリーダーに対し、「それくらい自分できる。時間を戻せたら許してやる」というドライバーのセリフからも力の差が明瞭に表れているのではないでしょうか。
こう言った構造をもったスラッシャー映画は他に類を見ない気がします。強いて似てるところをあげるならコメディとスラッシャーが融合した『タッカー&デイル』あたりでしょうか。
印象に残る”キラーショット”
北村監督はコメンタリーの中で劇中で特に印象に残るショットのことをキラーショットと呼んでいましたが、本作における最もキラーショットと言えるのはドライバーが強盗団のアジトへ潜入するシーンだったのではないでしょうか。
このシーンというのは、一番最初の被害者となった強盗団のリーダー、リーの弟イーサンの死体の中に身を隠し潜入したシーンで、ドライバーはイーサンの死体の中から現れます。
ここがすごいのは死体からドライバーが出てくるまでワンカットで撮っているという点。
普通ならカット割をしていかにも死体から出てきたかのように編集するのかもしれませんが、北村監督はこのシーンをワンカットにすることを熱望。イーサンの体を模した人形を作りその中にルーク・エヴァンスを実際に仕込むことでこのシーンの撮影に望みました。
そのおかげ有って、かなり異常で印象的なシーンに仕上がっていましたよね。
また本作の絵作りを支えたのは、あの『悪魔のいけにえ』の撮影監督を担当したダニエル・パール氏です。
2013年はすでにデジタル撮影が主流の時代でしたが、生々しい映像を求めた北村監督とダニエル・パールは16mmフィルムのカメラで本作を撮影することを決め、より80年代のスラッシャームービー感を演出したと言います。
そのため本作の映像はどこか古びた印象を受け、16mm独特の粒子感も本作の映像へ非常に良い影響を与えていたと思います。
そんな名カメラマンの手腕あってか、本作はなんでもないショットでも一風変わった印象に残るショットが多いんです。例えばドライバーたちがステーキを食べに店に入るショットは普通ではあまりみることができない、非常に角度が急な見下ろしのショットで構成されているので是非チェックしてみてください。
舐めてた相手が殺人マシンでした
ここまで話してきた中で、すでにお気づきの方も多いと思いますが、要するに本作は《舐めてた相手が殺人マシンでした》モノに分類できる作品なんですね。
《舐めてた相手が殺人マシンでした》とは秘宝系ライターのギンティ小林さんが提唱したアクションの新ジャンルで元殺し屋や元CIAなど過去に裏社会でバリバリに活躍していた人物を主人公にした作品で、何も知らないチンピラがその主人公の逆鱗に触れてしまったことがきっかけで恐るべき復讐に合うというスカッとアクションムービーのことをいいます。
このジャンルを確立させたのが2014年公開の『ジョン・ウィック』でその源泉を辿るとチャールズ・ブロンソンの『狼よさらば』までたどり着きます。
ほかにもリーアム・ニーソンをアクション俳優として開花させた『96時間』や、初アクションに挑んだボブ・オデンカークの『Mr.ノーバディ』なんかもあります。
ちなみに僕が最も好きな《舐めてた相手が殺人マシンでした》モノはデンゼル・ワシントン主演の『イコライザー』で『イコライザー』の何がいいかって、舐めたて相手をちゃんと後悔させるところだったりします。
このように挙げ出したらキリがないほど豊富な作品がある《舐めてた相手が殺人マシンでした》モノですが、その中でもやはり本作は異作中の異作で、前述した通りスラッシャームービーの構造を持っているので、基本的に物語の進行は舐めてた奴ら目線で進むんです。
このジャンルを開拓した『ジョン・ウィック』よりも1年早い公開ということで、北村監督は先見の明が有ったのかもしれません。ともすると『ジョン・ウィック』が先に公開されていたら、スラッシャームービーの語り口で制作できなかったかもしれませんね。『ジョン・ウィック』のヒットを受けて、『ジョン・ウィック』の語り口にプロデューサー当たりが寄せたがった気もします。
留意すべきマイグロアグレッション
とにかく最高だった『ノー・ワン・リヴズ』ですが、一つ気をつけなくてはならない点が個人的にはありました。
それというのが女性の扱われ方です。ドライバーが至極ハードボイルドだといえばそれまでですが、昨今の時代の潮流にはやはりマッチしておらず、結局のところ本作のヒロインであるエマは、ドライバーの都合の良いように作り替えられた女性のように感じたりもしてしまうんです。
それをひっくるめてドライバーの異常な愛情を楽しむ作品であり、野暮といえば野暮なのですが、見方を変えてそう言った目線でも捉えておくことは必要かなと思います。
そういう点では誰にでも手放しでオススメできる映画でもないのかもしれません。
かつて賞賛を浴びた『プリティ・ウーマン』が、今の時代ではミソジニー映画として見えてしまうように誰かにとってのマイクロアグレッションを考えなくてはならないかなと思いました。