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【映画】『ノマドランド』|解説ネタバレ感想・伏線・考察|対岸の火事ではない問題意識を

オレンチ

はじめまして!オレンチと申します!

今回は『ノマドランド』について書いて行きます。

『ノマドランド』は2021年に公開されたアメリカ合衆国の映画です。監督は『ザ・ライダー』や『エターナルズ』への抜擢で記憶に新しいクロエ・ジャオ。

主演は『ファーゴ』『スリー・ビルボード』、そして本作『ノマドランド』で三度のアカデミー賞主演女優賞を受賞に輝いたフランシス・マクドーマンドです。

原作はアメリカで社会問題となりつつなる、高齢者の季節労働者「ノマド」を3年間にわたり取材したジェシカ・ブルーダー著『ノマド 漂流する高齢労働者たち』です。

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僭越ながら僕もこちらの原作を読ませていただきました。

解説の前に、日本における”ノマド”という言葉がもたらすイメージが本作の鑑賞にとっての害悪にしかなっていないことをお伝えしておきます。

日本で”ノマド”と聞くと最初に連想するのは「ノマドワーカー」ですよね。ノマドワーカーは働く場所に縛られず自由なスタイルで仕事をする主にフリーランスのことを指します。しかし本作の”ノマド”という言葉にはそういったポジティブなイメージは梱包されていないということを抑えておいてほしいです。

というわけで、以下目次から行ってみます!

『ノマドランド』の監督・キャスト

監督

キャスト

『ノマドランド』のネタバレ感想・解説・考察

リアルの中にフィクションを投じたメソッド作劇

企業の業績悪化により郵便番号まで抹消されてしまった町があるという、衝撃的なオープニング・クロールから始まる本作。もちろんこのクロールは全て実話。住む場所を失ったエンパイアの人々は路上に出ること余儀なくされたと言います。

本作はそんなエンパイアから追い出されてしまったファーンという女性にスポットを当てた物語となっています。

ちなみにフランシス・マクドーマンド演じるファーンは、原作者ジェシカ・ブルーダーが3年にわたり取材した様々なノマドたちをミックスしたような架空の人物です。後に登場するデヴィッド・ストラザーン演じるデイブとファーン以外、本作に登場する人物は全て実際に路上で生活しているノマドの方達です。

とりわけリンダ・メイ、スワンキー、ボブ・ウェルズは原作にも度々登場します。

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なんならリンダ・メイは主人公的な位置付けです。

ほとんど“本人が演じている”という構成は、監督自身の過去作『ザ・ライダー』とも通じるものがありますし、クリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』にも通じるものがありますね。

ただし上記の作品と一線を画するのは、架空の人物が投入されているという点です。先にもお話ししましたがファーンとデイブは実際には存在しない架空の人物です。

舞台やそこに生活する人々、コミュニティやイベントは限りなくリアルであり、それのみを撮影すればドキュメンタリーに他なりません。しかしそんなリアルの中に、キャラクターとして考えられた人物──つまりフィクションを投入することで全く新しい作劇となっています。

こんな斬新な物語の見せ方には舌を巻いてしまいました。

まるでメソッド演技の役作り中にカメラを向けたような感覚で、メソッド作劇法とでもいったら良いでしょうか。

そう考えるとスワンキーやボブ・ウェルズ、そしてリンダ・メイは、非常に役者だなと思わざるを得ません。

対岸の火事ではない問題意識を

先ほど『ザ・ライダー』や『15時17分、パリ行き』と通じるものがある。とお話ししましたが、もっと本質的なところに目を向けると、どちらかといえば『フルートベール駅で』や『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』と近いものを感じます。

なぜなら本作はアメリカ合衆国における現代社会を描いた作品だからであり、ジャーナリズムや警鐘的意味を持っているからです。

『フルートベール駅で』は白人警官のレイシズムによって殺害されてしまった黒人男性を描いた実話で、ブラック・ライヴス・マター的な意味を強く持った作品です。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』はフロリダに聳える華やかな「ディズニー・ワールド」の城下で貧困に苦しむ人々を、子供目線で語った作品でした。

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黒人の貧困問題を扱ったNETFLIXオリジナル映画『インペリアル・ドリーム』もオススメです。

本作『ノマドランド』の場合は、住む場所を失った高齢者が路上に出ざるを得なくなってしまった問題を語っています。

路上に出た高齢者は仕事を──、もしくは住みやすい場所を求めてアメリカ中を移動することから、季節労働者「ノマド」と言われるようになりました。

ノマドとは元々フランスの歴史伝承に出てくる言葉で遊牧民を指す言葉です。

では一体なぜ現代のアメリカに、ノマドが急増してしまっているのでしょうか。

それは2008年に発生した世界的な金融危機、リーマンショックが大きく関わっています。リーマンショックを契機に多くのアメリカ人が資産を失っています。

オープニング・クロールで語られるUSジプサム社も、根本原因にはリーマンショックが関わっています。

リーマンショック以前では、USジプサムで働く人はどちらかと言えば勝ち組で、中流階級の確固たる地位を固め、家族を養うことができたと言います。本作にも登場しますが社宅として一軒家が支給され、その家賃は驚くほど安く、1〜2日分の給料で賄うことができたと言います。

しかし壁面ボードを製造するこの会社の命運は、建築業界の景気によって左右されます。

リーマンショックによる建築業界の不景気によって、USジプサムの業績はみるみる悪化し、会社に依存していた町ごと消えてしまう運命となってしまったのです。

こうして住む場所と仕事を同時に失ったエンパイアに住む高齢者たちが一気にノマドとして生きる道を選んだと言います。

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本作のファーンも全く同じ流れでノマドの道を選びますよね。

ファーンはアマゾンでの仕事を終えたあと、同じ地にとどまり定職を探そうとしますよね。しかし高齢が原因で定職につくことができません。

これも現代のノマドにはよくある話のようで、何十年も事務仕事に携わったベテランの高齢女性が100件以上も事務仕事にまつわる求人に応募した結果、1つも受からなかったそうです。

とある経済学者はアメリカの年金システムを“三本足の椅子”に例えています。

椅子を支える3本の足はそれぞれ、

  • 公的年金
  • 個人年金
  • 投資と貯蓄

の3つ。

しかしリーマンショック以降「投資と貯蓄」を失い「個人年金」に加入していない人々は、1本の足で生活を支えざるを得ません。

しかし「公的年金」では家賃さえ支払うことができず定職にもつけないため、家賃が不要な車に住み、必要とされる場所まで移動し季節労働者として生活しているのです。

この事実を知ったとき、正直僕はゾッとしました。

日本とアメリカでは労働法や年金制度などが異なるので、直ちに同じような問題に直面する人は考えづらいかもしれません。

しかし年金の財源は先細っていることは紛れもない事実であり、「老後の貯金は2000万円必要」などと2019年の金融庁の報告書で大きな問題になったことは記憶に新しいと思います。

「ノマドのような生活は自分にはできない」ではなく、そうせざるを得なくなってしまうかもしれないという警鐘なのかなと思います。

つまり日本において、我々においても対岸の火事ではないということです。

繰り返される季節労働者の歴史

そういえばノマドの生活を余儀なくされた原因として「アマゾンの出現」を指摘している意見をたまに見かけますが、これは少々乱暴な考察な気がしますね。

考察は自由であって然るべきですが、本作のように現代社会を警鐘したような作品ではもう少し調べることが重要になってくるかなと思います。もちろん何の因果関係もないとはいえませんが。

本作におけるアマゾンの役割というのは、高齢者に課せられた重労働の可視化です。後半で描かれるビーツの収穫も同じような役割を持っています。

どちらも仕事が終わったあと、疲弊しきったファーンの姿が印象的でした。

アマゾンではホリデーシーズンになると一斉にノマドを募集し、近隣のRVパークをノマドに提供するのだとか。ノマド用にRVパークを買い取っているというのだから驚きです。

本作に登場するアマゾン倉庫はサッカーコート13個分ほどの広さを誇り、労働者たちは1日に何度もコンクリートの床を端から端まで行ったり来たりするそうです。

ビーツの収穫については、原作者ジェシカ・ブルーダーも体験しており当時37歳だった彼女でさえ1日でボロボロになってしまったと言います。

このようにノマドたちは職を求めてアメリカ中を旅します。

しかしアメリカにおける季節労働者の歴史は現代のノマドが初めてではありません。

遡ること1930年代初頭、同じく世界的金融危機の大恐慌によって季節労働者となった人々が大勢いました。フルーツ・トランプなんて読んだりしますが、当時の状況を描いた名作がジョン・フォード監督の『怒りの葡萄』です。

しかし30年代の季節労働者たちの大半が、景気の回復に伴い移動しない家に戻って行ったのに対し、現代のノマドたちは永続的に移動へと向かっているそうです。

『ノマドランド』に潜むブラック・ライブス・マターとフェミニズム

さて先ほど『フルートベール駅で』や『インペリアル・ドリーム』を例に挙げ、ブラック・ライブス・マターについてお話ししました。本作『ノマドランド』にも同じような問題が潜んでいます。

またフェミニズム的な問題も潜んでいるのでそちらについてもお話ししていこうと思います。

まず本作に黒人のノマドがどれくらい登場したか覚えているでしょうか?僕が数える限りでは冒頭RTRでの焚き火シーンで1名、黒人女性が登場します。

黒人のノマドはその方以外登場しないんです。

これは制作スタッフがレイシストというわけではなく、黒人がノマドをしづらい状況にあるということを物語っているんです。

ノマドたちが最も恐れているのは街中で車中泊している際の「ノック」です。

オレンチ

チキンを食べている最中にノックされるファーンの姿が描かれていましたね。

ノックは「酔っ払い」「チンピラ」「駐車場のオーナー」など様々な人によってもたらされます。

中でも最も注意しなければならないのが「警察」だそう。白人なら注意で済むかもしれませんが、車中泊しているのが黒人だった場合はどうなるでしょうか。

理不尽に逮捕されてしまうことにだってなりかねません。警察に限った話ではなく酔っ払いやチンピラだった場合、リンチを受けてしまう危険だってあります。

つまり黒人がアメリカの大地でノマドをすることは非常に危険な行為だという現状があるのです。

ブラック・ライブス・マターで非常に優れた問題提起をしてくれている作品の一つが『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』です。

サムとバッキーがいつものように口論していただけの場面に、白人警官が”黒人”だというだけでサムだけに疑いの目を持って寄ってくるシーンがとても印象的でした。

またフェミニズム的な側面から『ノマドランド』を注視すると、リンダ・メイやスワンキーなど登場するノマドたちは女性が多かったと思います。

これは原作を読むともっと顕著なのですが、少なくともジェシカ・ブルーダーがインタビューした半数以上のノマドは女性です。

これにはアメリカにおける男女の賃金格差が影響しており、公的年金に関していえば女性は男性よりも平均で月に391ドルも受給額が少ないそうです。これは支払った所得の合計額が男性よりも女性の方が少ないからです。(『ノマド 漂流する高齢労働者たち』より引用)

そんな男女の賃金格差を孕んだ『ノマドランド』の主演にフランシス・マクドーマンドが選ばれたことについても何か因果関係を感じます。

というのもフランシス・マクドーマンドは『スリー・ビルボード』の主演女優賞受賞時のエピソードで「INCLUSION RIDER」について語っています。

「INCLUSION RIDER」とはネイティブの人も首を傾げる用語で、ハリウッドにおける専門用語のこと。フランシス・マクドーマンドによれば「映画への出演契約をするときに、少なくとも50%の多様性をキャストだけでなくクルーに求めることができるという仕組み」だそうです。

さらにハリウッドに至っても、男性よりも女性の方が出演料が少なくもっといえば白人女性よりも黒人女性の方が出演料が少ないと言います。(現在はどのような状況かわかりません。)

例えばエマ・ストーン主演のブラック・ライブス・マター的な意味を持つ『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』でさえオクタヴィア・スペンサー(黒人女性)とジェシカ・チェステイン(白人女性)の間で大きな賃金格差があったそうです。

オレンチ

ジェシカ・チェステインが直訴したという感動的なエピソードが僕は大好きです。

このように最近よく聞く多様性という言葉。

これから先の映画をより深く理解するためには、多様性についての知識を自ら培いにいく姿勢がとても重要だと思います。(もちろん映画に限った話じゃないですが。)

以下のような様々な多様性にまつわる本を読む中で1つ見出したことは、それぞれが持つ”特権”についてです。

あなたは男性でしょうか?人種は?肌の色は?仕事での立場は?

人はそれぞれ生まれ持った、もしくは生活の中で培った特権があります。そしてどんな時も差別は特権を振りかざすところから始まるのです。

さらに厄介なのは自分が特権を持っていることを理解していないこと。無意識的に振りかざしてしまっている特権ほど厄介なものはありません。

だからセクハラ問題がいまだに絶えなかったり、ホワイトフェミニズムといった言葉が生まれるんですね。

これから先、自分の持つ特権を理解することがとても重要だと思います。

適応し、意味づけ、団結する能力

少々『ノマドランド』から脱線してしまったので、軌道修正して最後を締めくくりたいと思います。

これまでこの記事で語ってきたように『ノマドランド』には非常に厳しい現実があり、消してお気楽な冒険者を描いたような物語ではありません。

それでも心に深い感動を与える理由は、高齢者たちの適応し、意味づけし、団結する能力に他なりません。

とりわけリンダ・メイは本作において大きな貢献をしていることでしょう。

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